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隊長けんの武蔵野レター

2016年にサラリーマン生活から卒業して、窮々自適な年金生活に入りました。百名山と百観音もなんとかやり終えて、家庭と懐事情から遠距離旅も引退やむ無しながら、せめて体が動くうちは、埼玉憲ジーの近場放浪記を続けることにしましょう。
駅ハイで房総保田河津桜散歩
2月27日の土曜日に、JRの駅からハイキングで、南房総保田の川沿いに咲く河津桜…別名頼朝桜を愛でながらの散策を楽しみました。

千葉駅から内房線で1時間半の保田駅は鋸山の登山口の一つにもなっていますが、ここを訪ねるのは数年ぶりです。

駅前の観光案内所には頼朝桜まつりの幟が立っていて、ハイキングの受け付けも行列でした。

駅前から数分で保田川沿いに出ます。ちょうど上り列車が鉄橋を渡っていました。

伊豆の河津でも2月に満開となる河津桜が有名で、私も数年前に行ったときは大賑わいでしたが、房総の河津桜は知りませんでした。

つい2日前のNHKニュースで、繰り返しちょうど見頃と伝えられたので人手がちょっと気がかりでしたが、伊豆の本家とは違って出店などもなく人手もそこそこで、ゆったりと散策できました。

快晴予報からちょっと雲が多い天候でしたが、頼朝桜はちょうど見頃でした。

満開の桜の姿はやはりいいものです。

ここで記念の証拠写真を1枚。

桜のピンクと菜の花の黄色の取り合わせもなかなか見事です。

土手の足元にはまだ白い水仙も咲き残っていました。

駅ハイのコースマップからちょっと外れて河原に降りてみました。

間近で見る桜と菜の花の競演です。

保田川に架かる橋を何回か渡って2キロほど。鎮守の神社で軽く参拝して先に進みました。

児童遊園でトイレ休憩とおにぎりランチのあと最後の橋が桜並木のビューポイント。

全コース8キロの折り返し地点に、一番の花盛りの桜の木がありました。

帰り道も保田川沿いを歩いて菜の花畑から堰堤の桜とのツーショットです。

周囲にはのどかな田園風景が広がっています。

保田川からはずれて街中へのコースを辿ると、廃校となった保田小学校が道の駅に変身していました。

廃校に残された二宮尊徳の像…私の母校にもあったかな??

道の駅の地産物産売り場は大賑わいでした。私も房総のいちごと食べる菜の花と保田小学校ランドセル箱のバームクーヘンを買いました。

駅へ向かう道すがら、白梅と菜の花と頼朝桜の畑を通りしました。

彩り鮮やかなスリーショットはなかなかの壮観でした。

ここは、史跡になっている明治期に建造された石積みの橋です。土台からすべてななめに整然と組んで積まれた石造りの姿は高度な技術とともに芸術品のようです。

石橋の先から線路をくぐって、赤い矢印に従って保田駅に戻りました。

登山口の道標も並ぶ保田駅が8キロコースのゴール。2時間40分、18,000歩ののどかな河津桜巡りを楽しめました。

保田駅から内房線で木更津駅まで戻って下車。川崎駅行きの路線バスで初めて東京湾を横断するアクアラインを渡りました。

木更津側からは海上を走って、中間地点の海ホタルから先は海底トンネルに入って、地上に出て間もなくが終着川崎駅です。1時間の東京湾横断バス旅も楽しめました。

そして最後のお楽しみは、やはり横浜駅から料理屋「もりべ」でたっぷりのご馳走と焼酎を満喫して、いい気分で埼玉の自宅への帰路に着いたのでした。
| 隊長けん | | 16:06 | comments(0) | - |
小倉里帰りと世界遺産巡り
今年の夏休みは、お盆前の8月6日から、恒例の第2のふるさと北九州小倉へ里帰りと世界文化遺産巡りの旅に出かけてきました。
元気な頃は青春18きっぷで夜行列車から普通列車を乗り継いで20時間かけて行ったりしましたが、ここ数年は飛行機で出張パックや新幹線も利用しましたが、今回はなんと夜行バスにチャレンジ?しました。

5日水曜日の新宿発の夜行バスは4列シートながら、リクライニングに足も延ばせてまずまず快適でした。まずは10時間かけて、6日の朝8時40分に下車したのは姫路駅。

JR播但線に2時間乗って向かったのは、日本のマチュピチュと呼ばれる竹田城跡です。

駅前から線路を渡ってぐるっと反対側に回ったところが標高353mへの駅裏登山道のスタートです。

猛暑の中の上り坂が続いてわずか30分程ながら全身汗ぐっしょり。竹田城下の街並みが広がり、後方の山からは季節によっては雲海に浮かぶ城跡を望む展望台となります。

ここが日本のマチュピチュと言われる所以の、本丸から二の丸、千畳と何段にも石垣が重なった山頂の城跡です。

てっぺんの本丸跡を背景にボランティアガイドさんに証拠写真を撮ってもらいました。

中米のマチュピチュはまさに世界遺産ですが、竹田城跡は世界遺産ではないものの見事な日本の文化遺産で、秋から冬にかけての朝霧に包まれた時の雲に浮かぶ光景はまさに絶景のようです。

竹田城跡近くでおろしそばと生ビールの昼食を摂ってからJRで姫路駅にUターン。今度はまさに世界遺産の姫路城を訪ねました。

今年大改修が終わって、白鷺城の名にふさわしく美しい白壁の天守閣がそびえて、二の丸や多くの建築が広がって日本を代表する名城にふさわしい威容を見ることができました。

姫路からは、さすがにバスや普通列車では深夜になるので仕方なく?新幹線さくらに乗って19時前に九州の玄関口・小倉駅に到着しました。駅前に立った途端違和感なくマイタウンの気分を感じられました。

汗ぐっしょりの体を定宿のホテル西鉄インでシャワーで流して、さっぱりしてからおなじみの店「知夫里」に向かいました。おかみさんが笑顔でお出迎えです。

私よりふたつ年上の大将もますます元気に腕を振るってくれました。

なんと3,500円でおまかせコースの料理は刺身、ハモ、肉豆腐、いわしのぬか炊きに始まって唐揚げ、ごまさば、たまご豆腐その他に仕上げは絶品カレーライスまで。さらにビールも焼酎も日本酒も飲み放題です。この日は先週から始まった小倉競馬の関係者も来客。カウンターにはN銀行のゆうさくさんや女子サッカー国体福岡県代表のミカさん応援団仲間のY田さんとも旧交を温めることができました。

やっとホテルで眠った翌朝7日は5時起き。「明治日本の産業革命遺産群」として世界遺産登録が決まったばかりの山口県・萩を訪ねました。この日も35度を超える猛暑日ということもあってレンタルサイクルで城下街を巡ることにしました。

萩といえば幕末を彩った維新の志士たちの活躍の場としても有名ですが、まずは東萩駅から西北に向かって毛利家の萩城址である指月公園へ。正面の小高い山の上に城が築かれていたようです。

城を囲む石垣と堀の景観もなかなかに見事です。公園の裏はもう日本海で石垣からすぐ砂浜と真夏の海原が広がっていました。

城下町の中ほどに戻ると途中にある萩博物館に立ち寄り。私のお目当ては大河ドラマ「花燃ゆ」にちなんだ展示です。

幕末の激動の歴史と登場人物ゆかりの展示に加えて、食堂には大河ドラマでさかんに主人公のふみが握っていたおにぎりを再現した「文にぎり定食」なるメニューがあったので注文しました。地元のヘルシー具材を使った素朴な味でなかなか美味でした。

武家屋敷や商家などを見ながら街の中心部に戻ったところでまずは、長州の英雄・高杉晋作の生家を見学しました。

そして、期間限定で開設されている「花燃ゆ大河ドラマ館」も見学。ドラマの主人公・文と吉田松陰が暮らした住居セットなどなど楽しめる展示が盛りだくさんでした。

展示場の場所はまさに江戸期から長州の藩校であった明倫館の敷地で、今も歴史的建造物として木造の大きな建物が何棟も残っていました。

自転車で街を抜けて踏切を越えて駅の東側をしばらく行ったところが、松陰神社です。

いうまでもなくここが吉田松陰が開いた松下村塾の跡地。右が講義室で左は控えの間で、まさに日本の夜明けを夢見た塾生のための学びの場となった聖地です。吉田松陰を慕って集った伊藤博文や高杉晋作。久坂玄瑞ほか多くの幕末日本の立役者たちの志と息吹が感じられるたたずまいでした。

自転車で北東へ日本海に向かってゆく大通り沿いには、まさに今回世界遺産に登録された萩の反射炉跡がありました。

西洋の大砲に対抗できる日本の鉄製大砲の鋳造に必要な金属溶解炉として建てられた高さ10.5mの2本のレンガ煙突と地下の溶解設備で設計された建造物ですが、試験生産は行われたものの、実用化には至らなかったようです。

駅への帰り道、松陰神社の脇にはここも世界遺産のひとつである、洋式の青銅砲を鋳造した郡司鋳造所の遺構が残っていました。
城下町萩市内の西から東と北を自転車でぐるっと巡って4時間半。朝が山陽本線経由のルートだったので帰りは山陰本線で海岸線に沿って下関経由で小倉駅に帰着。
もちろんこの日も夜は「知夫里」でたっぷりと美食と自分で買ってきた萩の銘酒「東洋美人」を堪能しました。国体福岡県代表女子サッカーチームのミカキャプテン母娘にも出会え、もう10年近い小倉仲間さだちゃんも休日返上で来店してくれました。

いよいよ最終日、8日の土曜日は北九州の世界遺産を訪ねる旅です。降り立った駅は小倉から1時間半の筑豊本線無人駅・筑前垣生(ちくぜんはぶ)です。赤いポストもまさに昭和のままです。

駅近くの地域交流センターで予習してからシャトルバスで向かったのは八幡製鉄所までの大量の水の供給基地「遠賀川水源地ポンプ室」です。

すぐ脇の大河・遠賀川が製鉄のための大量の水の水源で、明治後期にここから10キロ近くパイプを敷いて製鉄所まで水を運んだのでした。今もなお現役施設ということで敷地内の立ち入りは禁止でした。

次の目的地は水がたどりついた八幡製鉄所の旧本事務所です。官営八幡製鉄所創業前の1899年に竣工した赤レンガ構造の初代本事務所が中枢拠点としての機能を果たしていたようです。

日本海に面して建てられた八幡製鉄所は専用の鉄路と港も所有していて、明治日本の産業革命とも謂われる飛躍的な近代工業化の発展に大きく貢献した製鉄巨大産業の礎を築いた施設です。

八幡製鉄所の敷地には1901年から数十年稼働していた東田地区の第一高炉跡がこれも世界遺産に登録されています。

建物にも自由に入れるようになっていて、当時の工夫たちの製鉄作業の様子がフィギュアで再現されていました。

八幡製鉄所からは鹿児島本線に乗って、小倉を通過して、私のお気に入りスポットである門司港に立ち寄りました。もう2年前からレトロな駅舎の大規模修繕工事が続いていますが、なんといまだ工事シートの中。完成は3年後ということでビックリしました。工事デッキから門司港の眺めですが、食堂の主人もさすがに長すぎるよねえと言っていました。
今年の夏休み第2のふるさと里帰りもこれでおしまい。最後の晩餐もやはり小倉の「知夫里」でたっぷりと名残を惜しんでから、20時過ぎの今度は新宿まで直行14時間の夜行バスで帰路に着いたのです。
| 隊長けん | | 11:08 | comments(0) | - |
駅ハイで富士山周辺散策
梅雨入り後、ぐずついた週末が続いたこともあって、横浜歩きのあとは自宅近くのシネコンで映画鑑賞と、自宅で読書とテレビ漬けの週末でしたが、7月11日の土曜日は予報が晴れマークだったので、急遽JRの駅からハイキングイベントを探して、富士山麓の周辺ウォーキングに出かけました。

前日に、富士急線内と周遊バス乗り放題のキップを買って、新宿から出ているホリデー快速富士山号に乗って、その名も富士山駅に10時17分に到着。終点河口湖駅から2つ手前で以前は富士吉田駅、山中湖方面の玄関口ですね。列車には富士登山と世界遺産巡りの外人さんが大勢いました。

観光案内所で受付してから山中湖方面周遊のふじっ子号に乗車して40分でウォーキング起点の花の都公園に着きました。

公園入口周辺に広がる畑の向こうにでっかい富士山がすそ野を広げていましたが、雲と炎熱のせいか霞んでいます。それでも陽気なチャイニーズたちがさかんに記念写真を撮っていました。

バスで40分かけてきた道をほぼ逆行するのがこの日のウォーキングルート。熱暑の中を1時間半歩いて富士山湧水の聖地、忍野八海にやってきました。ここも外人さんだらけです。

もう10年以上前まで、山の帰りに何回か訪ねたことのある忍野八海ですが、やはり悠久の富士山の恵みを感じさせる名水所です。10m近い水底がくっきり見える透明度は、ひときわ涼感を誘って心も癒されます。もちろんせっかくだから富士山の湧水を味わいました。

ひとときの清涼感のあとはまたひたすら炎天の車道歩きが続いて1時間。国道138号線をはさんで、まずは富士吉田市の資料館「富士山ミュージアム」を見学しました。

富士山にまつわる歴史、自然科学の解説のほか富士吉田火祭り神輿の展示や富士山を題材にしたたくさんの絵画も展示されていました。

国道を渡ってすぐの施設は「富士山レーダードーム館」。気象衛星が飛んで平成10年に現役を引退するまで、数十年にわたって実際の富士山頂に設置されていて気象観測の大きな役割を果たしていたレーダードームの本物です。

私は学生時代から2008年まで4回富士山に登りましたが(山頂は3回)、2回目の山頂に立った1996年(平成8年)までは、富士山頂剣ヶ峰の最高地点にこのレーダードームがあったわけです。今回はドームの中にも入ってマイナス20度の極寒体験もしました。

 ハイキングのルートは富士山ドーム館で終わって路線バスで駅へという予定でしたが、時間も中途半端だったので富士山駅まで50分ほどそのまま歩いて戻ることにしました。途中の富士浅間神社の境内に並ぶ石灯篭と杉木立の奥に社殿が見えますが、私はここで礼拝して駅に向かいました。結局15分ほど余裕をもって駅にゴールしましたが、なんとうっかり観光案内所でのゴールチェックを忘れてそのまま富士急に乗ってしまいました。
帰りはせっかくフリーキップなので河口湖駅まで足を延ばしてから、16時始発の往きと同じホリデー快速富士山号に乗車して、大月の正華もパスしてまっすぐ、立川経由で18時過ぎには自宅にたどり着きました。
| 隊長けん | | 11:13 | comments(0) | - |
駅ハイで今市散策と記念館
梅雨入り間近の6月6日の土曜日は、幸いうす晴れの過ごしやすい陽気の中を、日光の手前…今市の杉並木道散策と演歌の作曲家船村徹記念館見学に行ってきました。

今回もJRの「駅からハイキング」に参加したんですが、自宅からののルートは料金が安くて早い東武日光線を使って10時02分に下今市駅に下車しました。

歩いて10分ほど、JRの今市駅へ向かうちょうど中間あたりに受付の観光案内所と、GWにオープンしたばかりの道の駅ニコニコ本陣、そして演歌作曲家の大御所・船村徹記念館があって、まずはハイキング2時間コースを歩き始めました。

日光の社寺へ向かう街道を15分ほどで杉並木公園の遊歩道に入りました。出迎えてくれたのは大きな2連の水車ですが、故障中でした。

公園の脇には日光を象徴する杉並木道が延々と続いています。

杉並木と東武線の線路に挟まれた遊歩道を歩いていくと世界の水車や日本の水車小屋が並んでいて、これは最大の5mはありそうな大水車。ちゃんと水路で回っていました。

水車のある公園を出てから杉並木道はさらに30分ほども続いています…というよりも日光まで延々?…ハイキングコースは途中で線路をくぐってUターンです。

線路の反対側には大谷川公園が広がっています。人工的に整備されたきれいな公園ですが、小川も流れて木道からの眺めものどかな雰囲気。その先には立派なパークゴルフ場があって多くの家族連れが楽しんでいました。

公園から車道に出てしばらく行ってから脇道に入って、大谷川本流のビューポイントに立ち寄りました。

橋の真ん中からは天気がよければ日光連山の眺望が広がって…いるはずなんですが、残念ながらこの日は厚い雲の中でした。

往復ちょうど2時間で道の駅にゴールイン。さっそく今日のお目当てでもあった「船村徹記念館」を見学しました。記念館の主ですが本人は御年83歳でまだ健在です。栃木に生まれて今も近在に住んでいるためにこの地に記念館が建てられたようです。美空ひばりの「みだれ髪」や一連の名曲、北島三郎、鳥羽一郎、ちあきなおみ、島倉千代子などなど昭和の演歌の名曲を数多く生み出した大作曲家ですが、本人が歌う自作の歌もなんとも味わいがあって絶品です。ということで、実は私は船村演歌のファンなので、3Dシアターや館内の展示を楽しみましたが、1時間足らずで時間切れ。道の駅で軽食を食べて土産を買って、帰りもやはり東武日光線で帰路につきました。

翌日7日の日曜日は自宅で休養日。スーパーでの買い物のついでに足を延ばした公園ではアジサイが見頃を迎えていました。

かたわらには花菖蒲でしょうか?…わずかな数ですが、季節感があって心を和ませてくれました。
| 隊長けん | | 16:38 | comments(0) | - |
飯能新緑ウォーク
5月23日の土曜日に、毎年参加している「飯能新緑ツーデーマーチ」の初日15キロコースを歩いてきました。

2日間で2万人が参加する人気のウォーキングイベントですが、5キロ、10キロ、15キロ、18キロ、20キロ、30キロと6つのコースがあって、膝痛の私としては10キロにしようかなと思っていたんですが、同行のやまちゃんが30キロ歩くというので、せめて半分くらい…ということで15キロコースにしました。

朝8時スタートのやまちゃんはとっくに歩き始めている9時前に飯能市役所広場に到着して、受付を済ませてひと休みしてから9時過ぎに地元の高校生ブラスバンドの演奏に送られて歩き始めました。

初日の15キロコースは入間川沿いを歩く加治ルートで、幸いほぼ平坦な行程です。JR八高線の線路沿いから県道に入って、遠く雪化粧の富士山を正面に見て、お茶畑を抜けてからまもなく入間川に架かる鉄橋に出ました。

しばらく街中を歩いてからまた入間川に出て、ここからは川沿いの遊歩道をのんびりと歩きます。とはいっても30度近い炎天下で水分補給が欠かせません。

スタートからほぼ10キロ地点にあるのが駿河台大学のキャンパスです。野球場、ホッケーグラウンドなどの運動施設や校舎に学生寮まで1カ所に集中していて、快適な環境の大学のようですが、近所に遊び場はなさそうなので学生さんは窮屈かも??
でも、我々ウォーカーには芝生広場が絶好の休憩所で、大学からミネラルウォーターのサービスがあり、1杯100円の震災支援豚汁は産直具だくさんでおいしかったです。

キャンパスからは県道を辿って、ふたたび入間川沿いの遊歩道に入りました。先に見える橋がゴールまで5キロポイントです。

橋をくぐって河原に降りると、対岸には飯能のおいしい地酒「天覧山」の蔵元の醸造所が広がっていました。

入間川から街道に上がってしばらくするともう飯能駅前です。前回発見したんですが、駅舎の中にボーリング場があるんですよね。

飯能駅のコンコースを渡って北口からさらにひと駅先の東飯能駅からさらに10分ほど歩いたところがゴールの飯能市役所でした。
15キロコースながら実際は16.2キロあってたっぷり3時間半、久しぶりに3万歩近く歩いてしまいました。膝はなんとか無事だったのでヤレヤレです。

ゴールの市役所広場ではたくさんの屋台テントが出ていて、ステージでは地元有志の民謡踊りや子供たちのチアリーディングなども披露されて大賑わいです。私はやまちゃん到着を待ちながら、生ビールはグッと我慢して氷いちごを食べました。

午後2時ちょうど、見事30キロ完歩のやまちゃんがゴールイン。健脚ぶりに拍手を送って記念撮影しました。

せっかくなので私も一応やまちゃんの完歩証を借りて記念写真に収まりました。
もちろんこのあとは…すぐに飯能駅に向かって、山の会御用達の名店そば処「長寿庵」で生ビール、蕎麦焼酎とおいしい料理でたっぷりと反省会を楽しみました。
| 隊長けん | | 17:39 | comments(0) | - |
駅ハイで甲斐善光寺御開帳
GW明けの5月9日土曜日に、7年に1回のご本尊の御開帳が行われている善光寺をお参りしてきました。
とはいっても本家の長野ではなく、武田家が長野から地元の甲斐に移管した甲府近郊の善光寺で、ここも長野と同じ7年に1回の御開帳や境内の塔頭、戒壇巡りも行われているのです。

曇り空の甲府駅には11時過ぎに到着。観光案内所で受け付けを済ませて歩き始めました。

中央本線の線路沿いを少し東京方面へ戻ったところに古の武田家の居城跡の舞鶴公園があって、天守閣跡には往時の石垣もそのまま残されていました。

天守跡からは甲斐駒ケ岳など南アルプスの山々が展望できる…はずなんですがこの日はあいにく雲の中でした。

甲府の街中を歩いて鹿革を漆でなめした加工品を販売する印傳屋を覗いたりしながら1時間少々歩いたところで甲斐の名産を集めた物産館「かいてらす」に立ち寄り。御開帳記念ラベルの地酒「七賢」とアワビのつまみ、信玄餅を土産に買いました。

そして物産館の並びには立派な朱塗りの山門を構えた「甲斐善光寺」が姿を現しました。

長野の善光寺と同じく境内には、手を触れれば本尊にお参りしたのと同じご利益があるという塔頭が建てられていましたが。長蛇の列の長野に比べれば人も少ないのですんなりタッチ。さらに本堂で御開帳の「前立本尊」を拝んでから、本尊の真っ暗な階下を手探りで歩く戒檀巡りも経験できました。

甲斐善光寺からはまた線路沿いを歩いて甲府駅の隣り、酒折駅がゴールです。出発から2時間半の13時30分に到着しました。

学生の姿が多いなあと思ったら、ここは大学駅伝や高校野球でも有名な山梨学院のキャンパスが広がっているところで、駅のホームからは高校と中学の校舎も目の前に見えて、反対側には大学の施設も集まっているようでした。
中央本線に乗っての帰り道は大月駅で途中下車。今年初めて「正華」に寄って、おばちゃんと語らいながら、餃子、かた焼きそばを肴に生ビールを2杯飲んでから帰路に着きました。
| 隊長けん | | 11:29 | comments(0) | - |
駅ハイで群馬藤岡藤まつり
今年のゴールデンウィークは、直前に帰宅中の軽い肉離れのおかげで、悲しいかな自宅静養の日々。おまけにれこれと雑務処理もあって2回ほど出社というブラックウィークになってしまいました。
それでも、せめて軽いウォーキングということで、5月4日の月曜日にJRの駅からハイキングで、「群馬藤岡ふじまつり」コースを歩いてきました。

群馬の藤岡市には高崎線沿いにグループ会社の工場があるのですが、八高線の群馬藤岡駅には初めて下車しました。自宅からは寄居で乗り換えてちょうど2時間、10時25分に到着です。

駅から10分ほどの物産店で受付して、強い日差しの中を歩いていくと、公園入口の建物前には手造りの鯉のぼりが泳いでいました。明日はこどもの日ですね。

すぐ先からつつじの植え込みが並ぶ庚申山公園案内看板に従って坂道を上がります。

ちょうどゴールデンウィーク期間中に藤岡ふじまつりが賑やかに開かれていました。

ミスふじまつりにハイキングのチェックポイントスタンプを押してもらって、さっそくふじ棚の前で記念撮影。

ふじの咲く丘にはっ立派なふじふれあい館もありました。

一帯が芝生の広場とそれを取り巻くようにふじ棚や鉢植えが並んでいます。小高い丘から市内も展望できました。

季節もピッタリ。藤棚の手前にはあやめ?かきつばたでしょうか?

見事なふじの花に覆われて、密の匂いに誘われてミツバチもたくさん飛んでいました。

ふじ棚の手すりにもたれる大勢の人。下ではちょうど大道芸人のパフォーマンスが行われていてけっこうな盛り上がりでした。

ふじまつり会場から奥に進むと、広葉樹に囲まれた散策道がぐるっと公園を巡っています。

しばらく登りが続いて平地に出たと思ったら、なんと189mの庚申山の標識。思いがけずぐんま百名山の山頂に立つことができたのでした。

山道から車道に降りて、ここにも見事な藤棚が続いていました。

庚申山公園をぐるっと一回りしてからゴールへ向かって一直線。途中には、江戸時代に養蚕・絹の取引で栄えた豪商が奉納した神輿が残っているという諏訪神社に立ち寄り。

 物産店・会遊亭でゴールチェックと記念品をいただいて、お返しに?蚕のチョコと世界遺産ハンカチのおみやげを買って、群馬藤岡駅到着は歩き始めから2時間40分。ふくらはぎも膝もなんとか無事に歩き通せました。
この日の反省会は明るいうちに自宅に帰ってから夕食で一人ハイボールで楽しみました。
| 隊長けん | | 15:00 | comments(0) | - |
出張帰りの復興支援
4月に入ると支局監査で年に1回の出張があります。
まずは2日の木曜日に仙台へ。午前中型通りの監査をして総局長と管理担当者と3人で昼食がてらの懇談をして業務終了。
フリーになった午後はつい10日ほど前に大震災から4年ぶりにようやく列車がつながった女川駅を訪ねました。

仙石線はいまだ途切れているので東北本線で小牛田駅に出て石巻線に乗り換え。

ここも被災地である石巻駅で途中下車して駅前の物産店に寄ってから構内で地元の笹かまぼこを自宅土産に買いました。

石巻から女川までは30分ほどですが、フィヨルドのような狭い入り江が続いていて、ここに津波が襲ってきたら大変な高さになることは確実で被害の大きさもうなずける地形です。4年ぶりに列車が入ってきた女川駅舎は木のぬくもりと温泉施設のモダンな建物でした。

しかし、駅前から海岸まではいまだ更地のままで、周囲もブルドーザーが入って整地の真っ最中。これからこの周辺にも徐々に商業施設を建設して街造りが始まろうとしていました。

駅周辺はなにもないのでタクシーに乗って10分の街中に向かいました。私のできる復興支援はせいぜい訪ねることと消費することくらいなので、女川のかまぼこ店に寄って、職場の土産に笹かまを30本購入しました。

かまぼこ工場に近い隣りの浦宿駅はまさに入り江の脇にあって、新しい線路とホームを守る夕闇迫る堤防には海鳥が佇んでいました。

駅前には1軒の商店が開いていたので看板に誘われて覗いてみました。この店限定という女川の地酒が置いてあったので、これは自分用の土産に買いました。
わずかな時間の女川訪問でしたが、仙石線がつながったら塩釜にも寄ってもう一度訪ねたいものです。その頃は駅前もに賑やかさを取り戻していることでしょう。

翌、4月3日は午前中東京で監査の仕事をしてから、午後に静岡支局に向かいました。ここも型通りの監査を終えてから提灯に灯りがともる時間になって、噂で聞いていた静岡おでん横丁を訪ねてみました。

 横丁の一角の店「おばちゃん」の暖簾をくぐりましたが、黒ハンペン、牛すじ、ふわ(牛の肺)、三角練り物、しのだ巻のおでんセットにれんこんフライと名物づくし、極め付けは今日獲れた生シラスまで食べられて、静岡といえばお茶わりを飲みながら、しばし静岡食文化を堪能しました。
ただの呑兵衛の楽しみですが、これも地域貢献のひとつかな!?…などと言い訳しておきましょう。
| 隊長けん | | 11:36 | comments(0) | - |
駅ハイで藤沢から江の島・湘南巡り
3月14日の土曜日に、今年4回目の駅からハイキング参加で、藤沢駅から江の島・湘南巡りウォーキングに行ってきました。
藤沢駅にはJRと小田急線を乗り継いで10時24分に到着。「湘南FUJISAWAコンシェルジュ」というおしゃれなネーミングの観光案内所で受付を済ませて江ノ島電鉄の線路伝いに歩き始めました。

隣りの石上駅から境川沿いの道を歩いて、江の島古道を辿って50分ほどで江の島駅前に出ました。湘南のシンボル江ノ電のカラフルな車両を間近で見ていたら車掌から警笛を鳴らされてしまいました。

ここへ来るとつい思い出すサザンの歌を口ずさみながら、片瀬東浜から遊歩道を20分ほど歩いて江の島に向かいます。

この日はなんとなく曇り空でしたが、島につながる橋の上はやはり外人さんを含めてけっこうな人の波が行き来していました。

ハイキングのコースガイドに従って参道から石段を上って江島神社に参拝。でも行列ができていたので私は横から手を合わせてさらに中宮方面へ歩を進めました。

境内には八重桜がもう満開で、春本番間近を感じさせてくれました。

展望所からは江の島と湘南の海、三浦半島方面が一望できましたが、やはり曇り空でちょっと霞んでいました。
上り専用エスカレーターのエスカーを横目にひたすら石段を上り下りしながら、参道の店を覗いたりして中宮から江の島大師まで行ってUターン。橋のたもとでしらすコロッケを食しながらひと休みして、コース通り湘南海岸歩きを続けました。

観光センターでチェックポイントのスタンプを押して、小学生の頃来たことがあるような記憶の江の島水族館(今は施設も変わっていますが)を通過して、たくさんのサーファーの戯れを横目に見ながら鵠沼海岸で湘南ビーチにサヨナラ。

小田急江ノ島線の線路沿いから藤沢の市街に入って、最後はJR東海道本線の線路沿いを藤沢駅へ。鉄橋の上は小田急江ノ島線の線路です。藤沢駅には15時ゴールイン。4時間半、24,000歩ウォーキングは膝リハビリ中の私にはほぼ限界の行程でしたが、無事に辿り着いてヤレヤレです。
その後は、この日ダイヤ改正で上野駅から先までつながった東海道本線に乗って、やはり横浜駅で途中下車。おなじみの料理屋「もりべ」で金沢出身のご主人と姪っ子のかずみさんと北陸新幹線談義などしながらゆったりと美酒、美食に酔いしれたのでした。
| 隊長けん | | 16:34 | comments(0) | - |
大人の休日キップで東北旅
昨年9月の札幌ツアー以来ほぼ半年ぶりに、2月末から2泊で、大人の休日10周年15,000円キップを利用して、北東北ぐるり列車旅を楽しんできました。

金曜日午後の会議を終えて、ジャケット、ネクタイからダウン、ザックスタイルに着替えて東京駅へ。16時20分のはやぶさでまずは青森の八戸へ向かいました。

19時過ぎに着いた八戸駅直結のメッツホテルはもう数回泊まっていて、夕食はいつもホテル内の漁師料理の店に決めています。今日も青森セットでほたて貝味噌焼き、いかまぐろ刺身、せんべい汁にいくら丼と生ビールに地酒を味わいました。

土曜日の朝は吹雪模様の予報が好転して青空ものぞきました。始発のはやぶさで新青森に出て、今日のお目当ての五能線・リゾートしらかみ号に…乗ろうと思ったら、なんと車両不具合で運休のお知らせ。ガッカリしてとりあえず弘前行の普通列車に乗りながら時刻表とにらめっこしていたら、運休は一部区間だけで五能線の起点・川部駅から定刻にリゾートしらかみが出発のアナウンスにヤレヤレ…それにしても新青森であきらめていたらどうなっていたことでしょうか??

指定席が初日に完売する超人気のリゾートしらかみには春夏に3回乗っていますが、雪深い冬は多少座席に余裕があったようです。車内のイベントコーナーでは津軽三味線の演奏も行われてサービス満点です。

五所川原を過ぎたあたりから車窓には日本海の風景が広がって旅情を誘います。途中の千畳敷駅では列車が15分ほど停車して海岸散策を楽しめました。

せっかくなのでタイマーで一人旅の記念撮影。奇岩が並ぶ光景は醍醐味たっぷりです。

津軽の殿様が畳を千枚敷かせて宴会を開いたといういわれの千畳敷ですが、冬の日本海の荒波が打ち寄せて、満ち潮の中ではとても宴会どころではありませんでした。

列車の警笛を合図に乗客たちは青池号の車両に乗り込んで、日本海の眺めを楽しみながら秋田へ向かいました。

車両の都合で深浦駅では青池号から黄色い車体のクマゲラ号に乗り換えて、昼過ぎには秋田駅に到着。乗り換え通路には昨年訪れた男鹿半島の冬の風物詩なまはげの巨大仮面が展示されていました。

秋田駅で土産を買ってからこまち号で盛岡まで1時間半。角館、田沢湖と訪ね歩いたことを思い出しながら下車した盛岡駅では、在来線に乗り換えの合間に盛岡三大麺のわんこそば、冷麺、ジャジャー麺セットを食しました。少量づつとはいえ満腹しましたがどれもおいしかったです。

盛岡からは釜石線に快速はまゆり号に乗って終点の釜石駅へ19時36分着。日本海から太平洋へ東北横断の終点駅はSLイルミネーションが迎えてくれました。

ホテルにチェックイン後にすぐ近くの浜焼き食堂で夕食。カニみそ、車エビ、カキ、いか、たこ野菜の浜焼きセットとたっぷりポテト野菜サラダに生ビール、ホッピーセットで3,950円也。旨くて安い三陸の味を堪能しました。

明けて3月1日の日曜日は東北復興支援旅へ。新日鉄釜石の工場は鉄の精練はとおに休止していますが、鉄製品の加工などそれなりに活動は続けているようです。

駅前の道路にはラグビーの街釜石の看板が。昨夜乗車したタクシーでもラグビー話をしましたが、この数日後には2019年に開かれるラグビーワールドカップ日本大会の開催地のひとつに釜石市が決定しました。さぞかし地元は大喜びでしょう。

朝6時55分。北リアス線の宮古駅から分断されてつながっていない三陸鉄道南リアス線んの釜石駅にはまだ駅員不在でした。

地下通路からホームに上がって、おなじみの三鉄カラーの車両に乗車。盛駅に向かう車窓からはトンネルの合間ごとに、津波に押し流されてまだ復興もままならない海外線や入り江の街々の光景が広がって、自然災害の恐ろしさをあらためて感じざるを得ませんでした。

震災前は鉄道が走っていた盛駅から気仙沼間は、なんとその線路跡をバス専用道路としたBRTシステムバスが運行していて、多分停車駅も料金も概ね鉄道時代を踏襲しているのではないでしょうか。

バスで50分の下車駅はかつての街の中心地陸前高田です。道路の向こうの建物が陸前高田市役所の仮庁舎ですが、震災から4年となる今もプレハブ建築の姿が復興の厳しさを象徴しています。

市役所前から県道をひたすら海岸に向かって歩くこと30分ほどで、4年前までは高田松原として松林が広がっていた海岸線にポツンと、ただ一本生き残って人工的に永久保存された松の木が立っていました。木の根元まで行って冥福と復興を祈って合掌しました。

ほど近い県道沿いには一本松茶屋があって団体バスも停車していました。茶屋の後ろのパイプは復興工事の施設です。私は売店でせんべいを土産に買って、ユニセフ、赤い羽根など3つ並んだ募金箱へ気持ちだけ1コインづつ募金しました。

茶屋の前から気仙沼駅行のBRTバスに乗車。少しづつ活気を取り戻しつつある気仙沼港を車窓から眺めて30分ほどで駅前に到着。雨の中を港へ戻るには遠かったので、残念ながらあきらめてちょうど始発の列車に乗って一ノ関駅へ向かいました。

気仙沼で早めの昼食の予定がずれたので一ノ関駅で平泉ゆかりの義経弁当を食して今回の東北列車旅もフィナーレ。当初予定を1本早めた12時48分のやまびこ46号で帰路に着いたのですが、なにやら福島駅を過ぎたあたりから車内やホームが物々しい雰囲気になってきて、どうしたのかと思ったら、私の乗車車両の2つ後ろの最後尾グランクラスに、福島の被災地を訪問した安倍晋三首相が乗り合わせていたようです。私が下車した大宮駅ホームにも警察官が数名待機していました。まあ守る方も守られる方もVIPはつらいよというところですかね。庶民の足に影響が出なかったのでまあよしとしましょう。
| 隊長けん | | 16:23 | comments(1) | - |
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